■はじまり
もしX3の女子マネージャー(名前は仮にはるちゃんとしよう)が、ドラッカーの「マネジメント」を読んだら、彼女はきっと驚くだろうな。なぜなら、そこには彼女が所属するアメフト部と、彼女自身のことが書いてあるからだ。
「マネジメントなしに組織はない」
「マネジメントは企業だけのものではない」
「マネジャーをしてマネジャーたらしめるものは、成果への貢献という責務である」
「所属するアメフト部に何とか成果を出させたい。そのためには自分に何かできることをしたい」
そう考えていたはるちゃんは、この本が「自分のために書かれたもの」であることを確信する。だから以降、そこに書かれていることを脇目も振らず実践するようになる。
■アメフト部におけるマネジメントの役割
はるちゃんは、「マネジメント」を読み進める。するとドラッカーは、マネジメントには三つの役割があると説く。そこではるちゃんは、それらについて一つ一つ自分に当てはめて解釈していく。
1.「自らの組織に特有の使命を果たすこと」
はるちゃんはこれを、「ライスボウルに行くこと」と解釈する。
2.「仕事を通じて働く人を生かす」
はるちゃんはこれを、アメフト部に関わる全ての人――部員一人一人、監督やコーチ、そして自分を含めたマネージャーに至るまで――を生かすことだろうと解釈する。
3.「自らが社会に与える影響を処理するとともに、社会の問題について貢献する」
はるちゃんはこれを、アメフト部を含めたアメフト部に関わる全ての人――会社関係者や父兄、あるいは地域の人々――に「夢と希望と勇気を与えること」だろうと解釈する。彼らに感動を与え、それを彼らの生きる力に変えてもらうことこそが、ドラッカーの言う「社会の問題について貢献する」ことだろうと確信する。
「だから……」とはるちゃんは思う。
「ただ勝つだけではダメなんだ。見る人に、夢と、希望と、勇気を与えられるような、正々堂々とした勝ち方でなければ……!」
■最初に実行すること
さて、そうして「マネジメントとは何か?」ということは分かった。ただ、それを実行するにはどうしたらいいのだろう?
しかし、それについて悩んだりする必要は全くない。なぜなら「マネジメント」には、ちゃんとそのことも具体的に書かれてあるからだ。
ドラッカーは言う。まず「われわれの事業は何か」を問えと。
そこではるちゃんは、それを自らに問うてみる。すると、そこで出てきた答は「アメフトをする」というものだった。
ところが、その先を読み進めてみると、
「『われわれの事業は何か』との問いに答えるには、顧客からスタートしなければならない」
「したがって『顧客は誰か』との問いこそ、ここの企業の使命を定義するうえで、もっとも重要な問いである」
と書かれていた。
「顧客!」
はるちゃんは愕然とする。これまでアメフト部に顧客がいるなどとは、つゆほども考えたことがなかったからだ。
しかし、彼女は考える。
ドラッカーがそう言うなら、それはきっとそうなのだろう……
そうして、彼女は生まれて初めて「アメフト部の顧客は誰か?」ということについて考える。
長い時間考えて、彼女はようやく、それについての答を出す。
アメフト部にとっての顧客――それは、「アメフトを見てくれる全ての人々である」と。
Xリーグ――特にライスボウルは、人々の注目があるからこそ成り立っている。アメフトを見てくれる観客がいて、はじめてあの熱い舞台が生み出された。そもそも、見てくれる人がいなければ東京ドームという大きな球場で試合をすることもなかったろうし、テレビや新聞にも取り上げられることはなかったろう。なるほど、全ては「顧客」があってこそなのだ。わたしたちの夢も、アメフトを見てくれる顧客がいたからこそ、はじめて抱くことができたのだ。
■アメフト部とは何なのか?
そういう考えに思い至ったはるちゃんは、大いなる興奮に包まれながら、なおも先を読み進める。
そんなはるちゃんに、ドラッカーは新たな質問をくり出す。
「顧客はどこにいるか。何を買うか」
それについて、はるちゃんはまたもや考える。
最初に、顧客がいる場所。
まずは、大会を見てくれる近隣地域だろう。でも、アメフトファンは日本中にいる。だから、日本国中ということも言える。
次に顧客が買うもの。
これの答は、比較的簡単だった。それは「感動」だ。
はるちゃん自身、アメフトを好きになったのも、そしてライスボウルに憧れるようになったのも、子供の時にライスボウルの中継を見て、それに感動したからだ。かつて自分がまだ「顧客」だった時に、アメフトで感動を「買った」のだ。
それらのことを踏まえたうえで、はるちゃんはあらためて「われわれの事業とは何か」と問うてみる。すると、出てきた答は最初のものと違っていた!
今度出てきた答は「感動を与える」というものだった。これまで、アメフト部は「アメフトをする」ための組織だとばかり思っていた。しかしそれは違っていた。アメフト部は、まず何より「感動を与える」ことが事業だった。アメフトではなかったのだ。それよりもだいじなものがあったのだ!
■アメフト部におけるマーケティングとイノベーション
はるちゃんは、目眩にも似た衝撃を受けながらも、さらに読み進める。
次にドラッカーは、「企業の目的」を説明する。彼はそれを「顧客の創造」だと説いた。そして企業は、この目的を果たすために、二つの基本的な機能を持つと言う。それが「マーケティング」と「イノベーション」だった。
ドラッカーは、この二つに対してさらに突っ込んだ説明をする。
まず「マーケティング」。
ドラッカーは、「マーケティング」とは、「われわれは何を売りたいか」ではなく、「顧客は何を買いたいか」を問うことであると言う。
そこではるちゃんは考える。
われわれが売りたいのは……それはアメフトだろうか? でも顧客が買いたいのは、さっき考えた「感動」だろう。だから、なるほど、そうか。それを知ることが、マーケティングということなのだな。
次に「イノベーション」。
「イノベーション」とは、「新しい満足を生み出す」ということだとドラッカーは教えてくれる。彼は言う。成長なくして前進なしと。マネジメントは、常に何か新しい価値を生み出していかなければならないと。
そうなのか、とはるちゃんは思う。わたしが味わったような感動を、再現するだけではダメなんだ。それは追求しながらも、それとは別の、またもっと何か新しい価値を生み出していかないと、わたしたちは前進することができないのだな。
イノベーションについても、はるちゃんはこれまで全く考えたことがなかったので、この時は価値観を揺すぶられるような、見慣れた景色が昨日までとは全く違って見えるような、そんな不思議な感覚を覚える。
■アメフト部の新たな目標
さて、アメフト部が何かというのは分かった。また目標が何かと言うこともはっきりした。そうなると、今度は「目標」を立てることである――ドラッカーの本にはそう書いてある。
そこではるちゃんは、それに従ってアメフト部の具体的な目標を立てることにする。
まず立てるのは「マーケティングの目標」である。
これについては、「集中の目標」と「市場地位の目標」を決めろと、ドラッカーは言っている。
「集中の目標」というのは、自分たちが注力するところをはっきり決めろということである。そしてその注力をするところ決めるために「われわれの事業は何か」を問えと言ったのだ。
だから、注力するところはもう決まった。それは、「見る人に感動を与える」ということだ。今日からアメフト部は、そのことを目標に活動していく。
もう一つの「市場地位の目標」。これは、何も一番を目指すことがベストではないと、ドラッカーは言う。
「市場において目指すべき地位は、最大ではなく最適である」
なるほど……であるなら、何もライスボウル優勝というのを目標とする必要はないのかも知れない。今の私たちにでき、なおかつ求められるものの中で、「最大」ではなく「最適」の感動を与えること――それが、わたしたちの「市場地位の目標」ということになるのだろう。ただ、それだけでは具体性に乏しいので、ここはやはり「X3最強」ということにしよう――と、はるちゃんはそう決めるのだった。
「マーケティングの目標」が立ったなら、次は「イノベーションの目標」である。ドラッカーは、それについては三種類あると説いていた。そしてそれについても、やっぱりはるちゃんは一つ一つ自分に当てはめて解釈していく。
1.「製品とサービスにおけるイノベーション」
これは、アメフト部がもっと感動を与えられるような存在になるということだろう。それも、これまでにはなかった「新しい感動」だ。
2.「市場におけるイノベーションと消費者の行動や価値観におけるイノベーション」
これは、「感動以外のものを与える」ということではないはずだ、とはるちゃんは考える。感動を与えることは与えるが、その種類がこれまでとは違っているということだ。これまでは、溌剌としたプレーや最後まで諦めない真剣な姿が感動を与えていた。しかし今度は、それとはまた別の、もっと新しいアプローチで感動を与える必要がある。「それは何かな?」と、はるちゃんは考えてみる。そして、もしかしたら「思いやり」や「やさしさ」であるかも知れないと思い至る。
3.「製品を市場に持っていくまでの間におけるイノベーション」
アメフトは、今まで直接球場に来るか、新聞、テレビなどのメディアでしか接することのなかったものだけれど、それ以外の方法で人々に伝えるということだろうか。これも、やっぱり今まで一度も考えたことがなかった――と、はるちゃんは再び、ちょっと呆然とさせられる。
■アメフト部の戦略計画
そうしてドラッカーは、第一章を締めくくる言葉として、「戦略計画」について述べる。
戦略計画とは何か。それは、
1. リスクを伴う起業家的な意志決定を行い
2. その実行に必要な活動を体系的に組織し
3. それらの活動の成果を期待したものと比較測定する
という連続したプロセスである、と。
はるちゃんは、そのプロセスに則って、自分なりの戦略計画を立ててみる。
はるちゃんには、一つの閃きがあった。それは、アメフト部のみんなが、アメフトをするだけではなく、それ以外のことをしてみてはどうか――というものである。そして、それをすることによって、新しい感動というとものを人々に与えていくのはどうか――ということだ。
それは今や、一つのアイデアとして結実しつつあった。
そのアイデアとは、練習の中に、ボランティア活動を取り入れるということであった。例えば週に一度は、アメフトをするのではなく、何かの手伝いや、清掃活動や、老人ホームの訪問といった、地域のために何か貢献できる活動をするということであった。
このアイデアには、三つの目的があった。
一つは、そのボランティア活動そのもので人々に感動を与える、ということ。これは、これまでのアメフト部にはなかった感動だから、イノベーションになる。
二つ目は、ボランティア活動を通じて、地域の人々と交流できる、ということ。これは、顧客の求めるものを知るマーケティングにもつながるし、これまでにないアメフト部と顧客との関わり方ということで、「製品を市場に持っていくまでの間におけるイノベーション」にもなるだろう。
そして三つ目は、アメフト以外のことで感動を与え、地域の人々とより深い交流を持ったアメフト部の選手たちが試合をすることで、アメフトにおいても、これまで以上の感動を与えられるのではないか、ということだった。
例えば、地域の人が同じアメフトを見ても、見知らぬ選手がしているのと、深い交流のあった選手がやっているのとでは、受け取る感情が大きく異なってくるはずだ。それは、「製品とサービスにおけるイノベーション」につながるはずだ。
はるちゃんは、自らのそのアイデアに、これまで生きてきた中で一度も味わったことがないほどの強いわくわくとした気持ちを覚える。しかし一方では、それを実現することの難しさにもまた思いを馳せ、暗澹たる気持ちにもさせられるのだ。
■マネージャーの誕生
「自分は、けっして人を管理する能力に長けているわけではない。愛想が良いわけでもないし、人付き合いが上手いわけでもない。短気でワガママなところがあるし、頭だって良くない。そんなわたしに、できるのだろうか……
ところが、そんな思いを抱えながら「マネジメント」を読み進めていた時だった。はるちゃんは、こんな言葉にぶつかる。
マネジャーの仕事は、体系的な分析の対象となる。マネジャーにできなければならないことは、そのほとんどが教わらなくても学ぶことができる。しかし、学ぶことのできない資質、後天的に獲得することのできない資質、始めから身につけていなければならない資質が、一つだけある。才能ではない。真摯さである。
その瞬間、一筋の電光がはるちゃんの身体を貫いた。
その言葉は、一つの啓示となってはるちゃんの心に突き刺さる。心を裏返されたような気持ちになり、呆然と立ちつくす。身体がブルブルと震え、その瞳からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。鼻の奥がつんとして、喉からは嗚咽がもれる。
「やるしか……やるしかないのだ!」
はるちゃんはそう決意する。そして自らの裡に確認したひとかけらの真摯さとドラッカーの本を味方に、一人のマネージャーとして――それは真の意味のマネージャーとして――アメフト部のマネジメントへと立ち上がる。
引用元文
0 件のコメント:
コメントを投稿